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企業情報

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kigyo.jpg株式会社赤垣屋の事業内容や商品・サービスの特徴と強み、株式会社赤垣屋で仕事するメリットなど、会社についてのご紹介です。

立ち呑みの赤垣屋

1925年、日本で一番初めに立ち飲みを始めたのが赤垣屋です。以来83年間立ち飲みスタイルを守りつつ、発展させてきました。「立ち飲みってなんか古そう」「若者はあまり行かなさそう…」私たちは、伝統の営業スタイルを守りつつも、そのような考えを打ち崩し、逆に斬新なスタンディングスタイルを創造し、日本中に赤垣屋を広めていきます。

赤垣屋の創世記

創業者 尾﨑政雄(明治36年、岡山市に出生)が中学卒業後、1年間商業学校で勉強。
16才で上阪、丁稚奉公として糸屋に勤務。次に造り酒屋に勤務し認められ、弱冠21才(1923年)にて大阪市北区堂島にて酒販店「尾﨑政雄商店」を開業。

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2年後、当時の商習慣である納品2ヶ月後の売掛金回収の為、資金難に陥り、低価格現金販売方式に変更、危機を脱する。
そうしている内に客の要望により、一升壜を持ち帰るより、店頭で徳利に入れかえ、燗をして飲ませて欲しいという要望に応えて(当時は酒を飲むといえば、ビールより日本酒が主流であった。)いる内に、店頭にて立ち呑み客が増え、2年後(1927年)酒販店を止め、立ち呑み居酒屋に転向。
当時大阪一の繁華街、新世界に屋台の1号店を開業、店名を「赤垣屋」とした。

現在の赤垣屋

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大阪の2大繁華街、キタとミナミを中心に、立ち呑み式居酒屋を7店、大衆居酒屋を1店、回転寿司店を1店、計9店を営業。どの業態も徹底して、大衆庶民に愛される経営方針「サラリーマンのオアシス」「安くておいしい」という飲食店の原点を守り続け、堅実経営に徹してきました。 特に立ち呑みの方は、お酒の好きな男性客には豊富なメニューと、立ち呑み店としては抜群の清潔感と明るく元気な若いスタッフによる接客および豊富なメニューバリエーションで、知名度を上げてきています。 居酒屋赤垣屋本店は難波のターミナル立地で、平日はサラリーマン、土休日は遊覧客で連日賑わっています。 回転寿司店は一皿120円均一に徹し、平日は寿司好きのサラリーマン、OL、近隣商店の社員、土休日は買物客などで行列が絶えない程です。